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    これは「春日鹿曼荼羅」。
    鎌倉時代の作だが、神仏習合の最も顕著な例として考えられる。

    神鹿の背に神木である榊に支えられた大きな円形の鏡が描かれている。この鏡は「春日大明神」の御正体であるが、ここに五体の仏菩薩が描かれている。 文殊菩薩、釈迦、薬師如来、地蔵菩薩、十一面観音の五体である。これらの仏菩薩はそれぞれ若宮、一宮、二宮、三宮、四宮の本地仏である。

    「本地垂迹」とは、日本の神は、仏(本地)が衆生を救済するためにこの世に現れた姿であるとする考え方で、仏を神の上位とするものである。中世には これに反して神を本地とする「反本地垂迹説」も出て来たが、片側をもう片側の仮の姿であるとする点で思想的には同じ形式をとる。ヨーロッパ等でギリシアの 神々がキリスト教では異端とされた点とはまた異なる。そのところは日本独特の流れとなっている。

    この「春日鹿曼荼羅」と細見美術館所有の「春日神鹿御正体」の像、両者とも美術的にも非常に美しいものである。垂迹美術の逸品として心に残った。

    このように、日本においては「神」と「仏」は日本人において「習合」という形で解釈され、我々の生活・思想のベースとなってきた。日本人の知恵およ び特性がこのような形態をとってきたのである。異なった考え方、思想を受け入れる精神的な懐の深さを持ってきたのが我々日本人であると思う。しかしこの頃 の状況を見るとその特性も薄れて来たのかなと思えて来る。文頭でも述べた様に、仏教伝来以降の大きな思想の伝来は戦後の民主主義であり、平和憲法であると 思う。その辺が最近の状況を見ているとどうもおかしな方向にむかっているような気がする。「神仏習合」という先人の考え方をここででもう一度考えてみる事 は、現在にも通じる事であると思う。

    via rakutyuurakugai.cocolog-nifty.com

    2008-10-20

    (via asanopiyo)